社会人が脱サラして留学・ワーホリするのは遅すぎ?意味ない?目的は?


海外留学するには、学生のうちにしておくべき そう思い込んで諦めていませんか?

私も「会社を辞めてまで留学は、ハイリスクすぎて無理!」 「20代後半にもなり、友達はほぼみんな結婚…親族もそれを望んでる。それが普通だし…」と思っていました。

ここでは、社会人を辞めてまで行こうと決断した理由とキッカケをご紹介し、悩んでいる人の手助けになればと思います。

順風満帆な社会人生活

4年制 国公立大学で、応用生物科学部系を卒業。某食品会社に就職し、念願の研究開発の部署、新商品開発に携わりました。将来を考えるような彼もいました。

社会人四年目の夏に退社し、留学を決意。(伝えたときの周りからのバッシングは後日お伝えします。)

嫌な上司もいないし、待遇も悪くない。高校時代から憧れていた仕事をし、部下も増え、責任のある仕事を任されたりと、日々充実していました。” 安定 ” した生活を送る中で、ふと気持ちを駆り立てたものがありました。

私が突然、退社・留学した4つのきっかけ。すべては社会人生活で起こった。

きっかけ4つは、社会人生活を送る上で起こった。異文化に驚きを受けたのはもちろん、悔しさを感じたことも。社会人生活をしていく上で、「海外にでること」の、よりリアルな必要性を感じたので、留学中もハングリーで居られた。

1.“普通”の波に流されなかった旧友。日本人の「こうあるべき」論に洗脳されていた私。

私が通った高校は地域でも随一の進学校。入学時から「国公立四年制大学にいくべき!」と洗脳される典型的な地方進学校でした。99%の大学進学率を誇り、短期大学さえも選択が許されない空気でした。

そんな中、私の10歳からの幼なじみのペルー人 S君はアメリカの大学進学を目指して一切受験をせず卒業後は渡米。私を含め、周りは彼のその選択を「変わってる」と思っていました。

しばらく音沙汰がなかったが、私が社会人2年目の冬、SNSで彼がアメリカの大学の最終年と知った。旅行でさえ海外に行くことに不安感があった私は、「せっかくだし、アメリカを案内してもらおう」と、単純な理由で連絡を取り、冬休みに遊びに行きました。

15年間、仲は良かったものの深い会話をしたのはこの時が初めて。気づいたことは、いかに私が「普通は、こうする、こうあるべきだよね」という謎の概念に洗脳されて、これまで生きてきたのかということ。

周りに流されるようにした大学受験だって、当時の私が本当にやりたかったことなのか今ではわかりません。

親の仕事の都合で10歳から日本に来ていたペルー人の彼でしたが、異国の地で働く両親をみて育ち、苦労したぶん、人と違うことに抵抗はなかったのかもしれません。海外の人はそんな思考回路するんだ!と衝撃を受け、もっといろんな考え方を知りたい!と思ったのを今でも覚えています。

2.インド人とベトナム人の同期

新卒の同期入社として、インド人の男性E君とベトナム人の女性Mちゃんがいました。友達のように関わり、同じ部署で、時には土日さえ一緒にいました。生活する中でカルチャーショックを受けまくり、こんな考え方する人たち会ったことない!でした。

・仕事に対する考え方

休み返上、残業をして会社に尽くすいわゆる社畜が美徳とされていた当時、彼らの優先順位は異なります。親族の集まりを大切にするインド人には新卒に与えられる有給だけでは足りません。評価判定や減給に繋がるという上司の忠告を聞きながらも

インド人E君
お金よりも、家族と過ごす時間のほうが大切。

仕事もお金もなくなっても探せばいいけど、家族と過ごせる今という時間は今しかない。
と、1か月をインド過ごし、リフレッシュした様子の彼は仕事にも身が入っていました。このような価値観を持つ日本人はいても、行動に起こせないことも多いのではと思います。

・住む場所の選択の仕方

同期の外国人二人は、それぞれの国で大学を卒業後、日本に来日し大学院生活をしたあと就職。一人は日本の土壌や河川に興味があり学びたかった、もう一人は自分の地域があまり裕福でなく危機感を覚え先進国での経済を学びたかった、とのこと。

私が大学受験時に学校を探すとき、就職先を見つけるとき、なぜ「日本国内から探した」のか。私たちが「何県に行こうか」と考えるように、彼らは「どこの国に行こうか」と考える。目的が先行にあり、気軽に世界を捉えているのです。それってもっと可能性広がるよなー!とワクワクしました。

3.新商品販売のチャンスを失ったこと。

これは悔しかった話その①。前職では、欧米やアジアなど取引があった。物が溢れているこのご時世、日本国内だけでは需要は限られていくことは明らかです。新製品開発をしていた私は、海外向け商品を提案したり、現地の原料を使うことによりコストダウンをすることに力を入れていました。

ある日、とても大きいチャンスがあり、大きな利益が見込めることが軌道にのりました。最終段階として部長へ提案したところ、否定はしないが乗り気ではなく、なかなか事が進みません。しびれを切らして私が訪ねたところ、「研究開発部としてこの事業をすすめると、海外から直接私に英語で電話がかかってくるからなー…日本国内でこれ拡売のほうがいいんじゃない?」と本末転倒。

その上司の口癖は「英語は所詮言語ツールでしかない。伝える内容を充実させないと。」でした。私は「 ”ただの意思疎通ツール”さえも満足に出来ないせいで、大きなチャンス逃がすんじゃん。 」と呆れ、悔しい思いをしました。

4.大好きなことを、心から楽しめなかった障壁となったもの。悔しさ。

これも悔しかったことその②。
幼いころからミュージカルが大好きだった私は劇団四季に通い詰め、いつかは本場ブローウェイで見るぞ!と意気込んでいました。ついにその時が来て、NYはブロードウェイでCHICAGOを見たとき…
ジョークもわからず、内容も1割しかはいってこない。ダンスと歌と衣装は楽しめたけど、すごく悔しい。と感じました。

ブロードウェイは、日本と比べ物にならい程の劇場数、作品数で、王道ではない大人向けコメディもたくさん。ミュージカル鑑賞が趣味な私には最高の場所です。自分が大好きなことを、なんの障壁もなく楽しめたらもっと便利なのにな。と思いました。

行ったことで払拭できた、行く前の不安。結局、誰も気にしてないよ!!!!

留学から帰ってきて思うことは数えきれないほどありますが、一番伝えたいことは、

「 誰も気にしてないよ、Who cares???!!! 」ってことです。

驚かれるし、止められるし、変な目で見られるし、負け組と思われるかもしれない。けど、これらは全部、やったことがない人が言ってるに過ぎない。そんな人達は、日本に留まったほうが良い理由並べてたけど、彼らのただの憶測にすぎなかったな、と思う。

最後に

まとめ

安定した社会人生活を送る中で、 異文化に触れて衝撃を受けたり、外国語が障壁となって悔しかったことは今までありませんでしたか?
学生時代に海外に出るのも素敵だけど、私は学生時代にそこに気づけていませんでした。だからその気づきがあった時こそ、就職後でも結婚後でも定年退職後でも、いつでも海外に飛び出すタイミングだと思います。

私の場合むしろ、社会人になって会社にはいったことで、問題意識をもちやすいしモチベーションを保ちながら過ごせました。海外に住む人の仕事観も垣間見ることで、今後の自分の働き方を考えるきっかけにもなった

行く前の不安も痛いほどわかりますが、海外に行って感じることはそれぞれ違い、行った本人でないとわかりっこない。自分はなにを感じるのか。それを確かめるために行くのもありじゃない‽と思います。

100歳まで生きるといわれている今、たった数か月、数年 海外で過ごしてみるのもよいのでは?